2010年02月18日

映画祭「ベールィエ・ストルブィ2010」報告

 ロシア・ゴスフィルモフォンド(ロシア国立映画保存所)の映画祭「ベールィエ・ストルブィ2010」に参加してきました。報告記事として、下記の記事をとりあえず書いています。

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2005年05月18日

『ならずものたち』(5/5)

 イメージフォーラムフェスティバル2005で、『ならずものたち』(2005、ターニャ・デトキナ監督)。
 高等脚本家・監督コースで、アレクセイ・ゲルマンらに学んだという監督の初めての長篇作品。
 短篇でまとまっていたらインパクトがある(かもしれない)映像も、だらだら続くと、単に飽きるだけだったりする。「クマのぬいぐるみに臓物と爆弾を詰め」とか「血まみれのぬいぐるみと心を通わせる」とかいう売り込み文句で、スプラッタなのかと思っていったら、まったくそんなものではなく、臓物はレバーのようなもので血が飛び出るようなこともなく、見せ場のないまま最後まで行ってしまうのであった。ホラーでもなく、バイオレンスでもない。一方、適度に意味やストーリーもある。すべてにおいて中途半端な印象だけが残った。
 「パンクとダダイズムの出会い」という宣伝文句が泣いている。
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2005年05月05日

『雷撃に死す』(5/4)

 イメージフォーラムフェスティバル2005で、『雷撃に死す』(2002年、エヴゲーニー・ユフィト監督)。サンクトペテルブルグで「ネクロレアリズム(死のリアリズム)」という“一人流派”を標榜する実験映画作家の作品で、ともかく死体やらゾンビやらがごろごろ出てくる。なお、原題は"Убитые молнией"(稲妻により殺された者たち)。
 もともと写真や絵画から映像の世界に入ってきたというユフィトは、セルゲイ・クリョーヒンやボリス・グレベンシコフらを生み出したレニングラードのアンダーグラウンド文化から出てきた。ペレストロイカ前の1985年に『怪物に変身した看護人(Санитары-оборотни)』という最初の作品を発表して注目を集めた。直後にペレストロイカが始まり、アレクサンドル・ソクーロフがユフィトら実験作家を集める映画学校をつくり、アンダーグラウンドから表に出てきた。いまでは、ロシア実験映像作家の大物といってよい。
 この人の作品は、そんなに数は見ていないのだが、基本的には、初期の頃からやっていることは大して変わらないような気もしないではない。ユフィト自身も、『春』(1987年)という短篇で、作家として完成していると言っている。ただし、映像の作り込み方などは、明らかに洗練されてきている。それがいいか悪いかは、わからないのだが。
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アフリカン・ドキュメンタリー2005(5/3)

 アフリカン・ドキュメンタリー2005で、南アフリカとジンバブエの作品。ドキュメンタリーといっているが、ミュージックビデオや短篇の劇映画なども混じったプログラムだ。メインの2本『金鉱、涙、そして音楽』(2003年、南ア、アブドルカディール・サイド監督)、『ムビラ・ミュージック〜民衆の魂〜』(1990年、ジンバブエ、サイモン・ブライト監督)は題名のとおり、音楽を扱ったもの。いずれも音楽と社会とのダイナミックなかかわりを描いていて、内容は興味深い。
 ビデオプロジェクターでの上映。機材の設定のせいか素材のせいかはわからないが、カラー調整がよくなかった。また、途中でデータがオーバーフローしたのか、引っかかったように止まったり音が途切れる場面が何ヵ所もあり、音楽ドキュメンタリーの上映としてはいささかお粗末だった。そうしたことに関して、主催者からの説明等は一切なし。ひと言上映前に断りを入れていただけるとありがたい。
 『ムビラ…』の上映後、青年海外協力隊でジンバブエに行っている間にムビラ演奏を学び、演奏活動をしている島田あかりさんによるトークと演奏があった。見かけは単純だが、なかなか厚みのある音が出るところが面白い。短調の音階が作れない独特の音階を持っているようで、日本の「サクラ」を演奏したら1つだけ半音上がった音で必ず演奏されている。それはそれで興味深いのだが、演奏者がアレンジしたという「サクラ」を延々と演奏されたのにはまいった。実に居心地の悪い気分になった。日本とアフリカの文化交流の象徴という演奏者の意気込みは理解できなくもないし、アフリカの音楽にはまっている人には、これでいいのかもしれないが、そうでない人にとっては、「やはりアフリカは遠い」と思わせるだけではなかろうか。その前後に演奏したジンバブエの曲の演奏が面白いものだっただけに、「サクラ」がなければ(あるいはほかの曲であれば)、どんなによかったかと思ったのだった。
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六田知弘写真展「巡礼・日本美」(5/3)

 日本橋三越で始まった六田知弘写真展「巡礼・日本美」。今回は雑誌『和樂』の連載「日本美、クローズアップ」で使われた写真を中心に構成されている。古びたものの放つ色香が何ともいえない。
 今回の展示作品を収録した写真集も売られているが、並べて見ると、展示されているプリントの方が数段よく、微妙な色のバランスを見せている。六田さんのプリントは、一度スキャナーで取り込んだものをインクジェットプリンターで出力したものだ。求める色合いが出るまで、データの調整も含めてかなり試行錯誤するという。印画紙では再現できない独特の鮮やかさを持つ色合いが、六田さんの写真の魅力を増している。
 次は、6月21日〜7月16日にインプレオ・ギャラリー(表参道)で「ローマの壁」の写真展があるとのこと。楽しみだ。
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2005年04月27日

『アリアとイサーム』ほか(アラブ映画祭2005、4/23)

 アラブ映画祭で、現存する最古のイラク映画だという『アリアとイサーム』(1948年、アンドレ・シャターン監督)。画質の悪いビデオ版での上映だったが、雰囲気はわかるし、音声は意外なまでにクリアだった。恋人同士が、親の決めた結婚で引き裂かれそうになり、そこへ復讐譚がからみ、最後は主人公カップルが自殺を遂げるという典型的なメロドラマだが、自殺の動機が「復讐の連鎖を断ち切るため」となっているところが興味深い。

 『異邦のトウモロコシ』(2001年、カーシム・アビド監督)は、イラクから亡命してイタリアやフランスで生活する芸術家たちを紹介するドキュメンタリー。多重化されたアイデンティティ(例えばクルド人芸術家の場合は、民族、祖国、現住地と、少なくとも3つのアイデンティティを持つことになる)、厳しい生活、故国への想いなど、ありふれた切り口で表面をなぞるシナリオには何の感銘も受けないが、登場する実作品に印象的なものが多い。西欧のモダンアートの手で、イラク的なものを前面に押し出す作品は少ないのだが、強い情念の存在を感じさせる作品が少なからずある。しかし、その創作の根源に迫り、作品を深いところから紹介するだけの力量が監督らにはなかったようだ。
 シナリオの駄目さは、例えば、「ソ連で社会主義リアリズムを学び、現在も実践している」というような趣旨のナレーションが流れるときに映し出される絵が、明らかにシャガールの絵に構図を借りている作品だったりするところに現れている。あるいは、「祖国に強い想いを寄せる芸術家もいる」というようなナレーションで登場するのは、イラクの故郷の村の風景をモチーフに描き続けている画家。題材の選び方を祖国への想いの強弱にストレートに結びつける発想の単純明快さにも、腰が抜けるほど驚いた。これでは、亡命者の屈折など描きようもない。

 『葦の詩人』(1999年、ムハンマド・タウフィーク監督)は、アラビア語書道家で詩人のムハンマド・サイード・サッカールとその作品世界を紹介するドキュメンタリー。葦のペンで創り出されるアラビア語書道は、日本の書道の概念とはまったく異なる世界で興味深い。
 会場のロビーにも、アラビア語書道の作品が数点展示されていた。日本では、書道(calligraphy)ではなくタイポグラフィーで取り組まれている世界と言えるかもしれない。
posted by 井上徹 at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『露出不足』(アラブ映画祭2005、4/19)

 アラブ映画祭のイラク映画『露出不足』(2005年、ウダイ・ラシード監督)を見る。注目作だったが、いささか期待外れだった。一定の技術は習得しているが、表現したいのであろうものを表現する手段が見つからず、過去の映画話法に寄りかかり、崩れてしまった……そんな感じ。
 もちろん、そうした監督の戸惑いも含めて、イラクの混迷が自己言及的に語られるのだという見方もあるのかもしれないが、私としては、“呑気なお坊ちゃん”の自己満足としか思えなかった。
 バグダッドの風景は、震災後の神戸のように、ロングショットだと傷跡は目立たないのが印象的だった。
posted by 井上徹 at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『ラシーダ』(アラブ映画祭2005、4/18)

 アラブ映画祭でアルジェリア映画『ラシーダ』(2002年、ヤミナ・バシール監督)。
 主人公は小学校の先生をしている若い女性ラシーダ。テロリストに、爆弾を学校へ仕掛けるよう強要されて断り、銃で撃たれてしまう。心の傷を癒やすため、親戚の伝手で田舎の村に住み始めるが、そこもまた暴力と無縁ではありえない。
 テロの被害に遭った女性のPTSDの話なのだが、字幕に「外傷後のトラウマ」と出てきて驚いた。日本の観客(翻訳者も含めて)にとって、あまりにも縁遠い世界だということなのだろうか。もちろん、日本はアルジェリアではないのだが、PTSD自体は周囲にいくらでも例があるはずではないか。
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『ラジオのリクエスト』(アラブ映画祭2005、4/15)

 アラブ映画祭2005に行く。
 見たのは『ラジオのリクエスト』(2003年、アブドゥルラティフ・アブドゥルハミド)というシリアの作品。アポロが月に到達したというニュースが流れるから、舞台は1969年ということになる。ラジオの音楽の時間が唯一の娯楽らしい娯楽という山村を舞台にした悲喜劇だ。
 村の中の貧富の差に焦点を当てたり、アンチ・イスラエルの台詞を村人が叫ぶ一方で、言葉を話せない精神薄弱の男を登場させて、戦争の愚かさを告発する。1969年ということは、六日戦争後の小競り合いの時期ということになるのだろうか。
 言論の自由に制限がある中での独特の話法がソビエト映画のようだと思ったら、監督はモスクワの国立映画大学(VGIK)の出身なのだった。
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映画人九条の会(4/14)

 映画人九条の会のイベント、新藤兼人監督の講演と、『第五福竜丸』の上映を見た。
 新藤監督は93歳になったはずだが、相変わらず話は明晰である。ただ、いつものような、会の趣旨に強引でも話をつなげてうまくまとめるところまで至らず、映画製作時の貧乏話だけで終わってしまった。後から聞くところでは、最近体調を崩しているとか。

 『第五福竜丸』は、1959年公開の作品。主演が宇野重吉なのだが、風貌がまるで寺尾聰なのだった。老人役のイメージが強すぎて、宇野重吉と寺尾聰がなかなか頭の中でつながらなかったのだが、ようやく腑に落ちた次第。
 無知ゆえの無邪気さが、一転して無知ゆえのヒステリーに変わるという喜劇は、いまも繰り返される人のさがだろう。当時の「核アレルギー」の雰囲気の中で、その辺の人間臭いところを押さえた脚本を書いてしまうところが、新藤監督の真骨頂だ。低予算で作ったという割には、なかなか見応えのある作品であった。
posted by 井上徹 at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月13日

アジアなひととき(4月11日)

054mihara.jpg
 三原伸さんの個展があかね画廊で始まったので見に行く。もともと動物をモチーフとした油絵を得意とする人で、ここ数年はインドネシア、バリ島で絵を描いている。今回は風景画もあったが、純粋にインドネシアの風景というよりは、脳内で独特の変容を遂げたものだ。主なモチーフは動物と建物。それが、昼とも夜ともつかない、地上とも天上ともつかない空間の中に描かれる。絵によっては昼の太陽と夜の月が同時に登場するものもある。建物がモチーフの場合も、ガウディの建築のように、動物的に自在に変形した姿を持つ。ある種の曼荼羅なのかもしれない。

 そこから水道橋方面の飲み屋へ。学生時代にかかわっていたコンツェルトというロシア語劇グループのOBの集まり。旅行で行ったネパールに魅せられ、単身彼地に渡ってMum's Garden Resortというホテルを経営している後輩が一時帰国の歓迎会だ。十数人集まった中に、サークル内で結婚したのが3組。大学に残っている者、商社で働く者、演劇の世界に入った者、菓子店を経営している者、何だかわからないことをしている者と、みんなばらばらなのも面白い。そこに集まった人間やその場にいない人間の近況、ネパールやチベットなどの話を肴に、楽しく酔った。
posted by 井上徹 at 22:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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